外典・女神転生

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プロローグ

「いたぞ!追え」

声とともに、4、5人の兵士達がこちらに向かってくるのが見えた。

見るより早く撤退行動に移る。潜んでいた瓦礫の隙間から飛び出ると、一目散に街道を抜ける。

迷彩柄に身を包んだ三人が駆け抜けた後の地面を破裂音と共にマシンガンの銃弾が叩いた。

「上河、こっちです。ジープを置いた場所まで走るのです」

女性兵士が、まごまごしている童顔の仲間の手を引いて走る・・・まったく手がかかります、と付け加えることも忘れない。

「す、すみません。天海さん、僕のせいで」

上河と呼ばれたどう見ても少年に見える青年の顔は、狼狽しながらも自責の念にかられて真っ赤になっているのが、暗闇の中でもよくわかった。自分が物音を立ててしまったせいで敵兵に感づかれてしまったのだ。

「僕が囮になるからその間に」

意を決した上河がそういって踏みとどまろうとすると

「なにを言っているのですか。上河一人置いていけるわけないのです」

女性兵士は長い黒髪をなびかせて振り返ると、ぴしゃりと撥ね付けた。

「それに役不足ですよ」

まるで上官が部下に対するような言葉だが、どう見ても童顔である上河と比べても年上に見えない。天海里華、それがその女性、いやその外見にあわせると少女といったほうがしっくりとくる、の名前だった。

「それに彼らの拷問はかなり痛いものなんだそうですよ。火責め水責めは当たり前で、生きたまま爪を剥ぐとか皮を剥ぐとか、さらには直接歯の神経を突き刺したりとか・・・」

思わず口元を手で押さえた上河が自分の手を引く方へ目をやると、クックックと抑えきれない笑いをかみころしたような変な顔をした里華がこっちを見ていた。

「上河はこわがりですね。捕まることがなければ痛い痛いこともないのです。ここは任せるといいのですよ」

上河はこの天海里華という同僚が自分と同じ一般兵士にもかかわらずリーダーからは幹部と同じ扱いを受けていること、そして自分よりも年下なのにその経験値はベテラン兵士なみでその知識はデビルバスターだった自分をもしのいでいたのを思い出していた。

「前方に悪魔の気配。オークが5体」

横を駆けていた関口がぼそりとつぶやいた。

「挟まれたようですね」

里華はそれに応じて、関口の方を見た。

まるで大きな影が走っているようだった。身長190cmは優に越えているだろう。だが瞠目すべきはその体躯にして、走っている足音がほとんどしていないということだ。二足で走っているにも関わらず、巨大な肉食獣を思わせた。

「それに後ろのバール兵どもはジープ2台で追ってくるようで。約10名」

「迎撃しないとこの状態で追いつかれずに逃げるのは無理なのですよ」

里華は一瞬上河のほうに目をやり、そう言った。

足音がしていないのは里華も同じだった。この3人の中では上河のブーツの音しか聞こえない。履いているブーツは3人ともどう見ても同じものだった。

「上河は少しの間高みの見物でもしているといいのです」

不意に立ち止まると、里華は街道沿いにあるビルの残骸を指差した。身を隠すにはちょうどいいだろうか。

「な、僕だってペンタグランマの兵士です。戦うなら僕も」

と上河が腰にさしていたデザートイーグルを抜きかけるのを里華のか細い、まるで兵士のものとは思えないような繊手が抑えた。

「あまり大きな音を立てるとバール兵の団体さんがたくさんたくさんやってくるのです。もしやるのなら白兵戦闘でお願いします」

静かな迫力、というのだろうか、一見少女にしか見えない幼い風貌にもかかわらず、上河はなにか抗えないものを感じ、首肯した。

「すぐに終わります。関口もバール兵をかたづけてすぐに戻ってくるでしょう」

そう言われて初めて、あの大きな図体の関口がいなくなっていることに上河は気がついた。いつのまに後ろに向かったのか。

前方に大きな豚が二本足で立ったような影が5体、こっちにやってくるのが見えた。

向こうもこちらを確認したらしく、手に手に屠殺包丁を抜きつれ、人とも獣とも違う咆哮をあげて、里華の小さな影に向かって殺到してきた。

見物していろといわれたものの、兵士として、いや男として戦わねばならない。上河はサーベルを握り締めた。





この世はこの世だけで成り立っているわけではない。

古来より伝説としてあるいは神話として、伝書で、あるいは口伝で伝えられている天国と地獄、神の国と死者の国、つまりは人外のものがすまう世界というものは確かにあるのだ。

そう聞かされると人は、大半の人は鼻の先で笑ったかもしれない。

長きにわたってそういったものは、宗教的なものに関わった人間のような一部の者以外、この世の大半の人間は体験することがなかった。

基本的に天上の存在は人間世界に対して不干渉を決め込んでいたし、地下の存在は大手を振ってこの世に現れることはできず、散発的にこの世に迷い込んだ人外のものはデビルバスターと呼ばれる公には存在しない部隊によって秘密裏に対応されていたからだ。

人は自らの経験の外にあるものを認めたがらないものだ。

だが人類はそんなことを言っていられなくなった。

この人間世界と異世界との間で保たれていた調和。

その均衡が崩れたのは二十世紀後半、ノストラダムスが四行詩によって警句を送った日月にあと数年と迫った年であった。

その人外の存在、それらは多種多様だったが総じて悪魔と呼称されていた、が大挙してこの世に現れるようになったのだ。何ゆえかは今もって詳らかにはされていない。

世界に散在する伝承によってそれは明らかにされるのかもしれないが、それは、地獄の釜の蓋が開いた、と表現されるのがもしかしたら正しいのかもしれない。

一番の舞台となったのは東京だった。

洋の東西を問わない悪魔たちが顕在しはじめた。悪魔による人的被害が爆発的に増えることとなり、通常の武力ではそれに対抗できなかったため、社会は混乱を極めることとなる。

それに乗じて、悪魔掃討の名目で自衛隊のゴトウがクーデターを起こし、治安維持と称して米国大使トールマンの在日米軍が制圧に乗り出した。

そういった公的な軍隊に対して、レジスタンスと呼ばれた若年層をも含む集団が自衛隊米軍双方を敵として武力活動を始めたことによって、混乱は一層増すこととなった。

その後のことは正確に伝えられているわけではないが、一部の悪魔と手を結んだゴトウ司令は勢力を伸ばし、さらに悪魔たちは増加の一途をたどり、米軍、レジスタンス、三つ巴の様相を呈するも、徐々に押された在日米軍はやがて日本から撤退することとなる。だがその直前、自衛隊のゴトウ司令はレジスタンスの少年によって暗殺され、在日米大使のトールマンも同様に後を追うこととなったとある。そしてトールマンは死の直前に核を搭載した大陸間弾道ミサイルを東京に撃ち込んだ。

直撃により東京はほぼ壊滅。レジスタンスの少年達もその生存を確認されていない。

地上は死の業火に見舞われ、長期にわたって放射能の猛威にさらされることとなった。

これを予見、あるいは想定していたのか、高位の要人達、秘密裏に増員されていたデビルバスターズ、他一部の人間は、あらかじめ作られていたと思われるシェルターに避難していた。政府要人はシェルター内より地上統治を進めようとしたが失敗、地上は悪魔が闊歩する世界となる。

シェルター内よりデビルバスターズを組織し、地上に部隊を展開させるが尽きることのない数の悪魔により、敗退を重ねた。逆に悪魔によってシェルターの安全が脅かされ、防御が最優先課題となるまでにそれほどの時間を要しなかった。

外に出ることのかなわなくなったシェルター民。

シェルターは地下の孤島となり、外界には新しい勢力が根を張り始めていた。





2005/07/22

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